90歳の建築家が、別邸に新館を重ねた。
確認済みFACT
三養荘は昭和4年(1929年)、旧三菱財閥創始者・岩崎弥太郎の長男・岩崎久彌氏の別邸として、京都の庭師・小川治兵衛による日本庭園の中に建てられたと公式に明記。当時の建物のうち玄関・茶室棟、客間棟(老松)、中央棟(木曽・巴)等7棟が平成29年6月に文化庁の登録有形文化財となっている。昭和63年(1988年)には、文化勲章受章者・村野藤吾氏(90歳を過ぎてからの作品)設計による、自然の地形を生かした新館がオープンしたと公式に明記している。
この事実が意味すること
岩崎家の別邸として建てられた建物群と、90歳を超えてなお現役だった建築家が地形に逆らわず設計した新館が、同じ敷地の中で時代を隔てて共存している。一つの様式に統一するのではなく、異なる時代の建築がそのまま重なっている。
AKUMATOの見解(編集判断)
「歴史ある旅館」を謳う宿は多いが、旧時代の建物を保存するだけでなく、90歳を超えた巨匠建築家による新しい設計を後年重ねている例は少ない。過去を守るだけでなく、その後も設計という能動的な選択を続けてきた積み重ねに、AKUMATOは価値を見出す。
こんな旅に:建築・庭園・歴史を空間の中で感じたいユーザー、静かで上質な滞在を求めるユーザーへの推薦理由の中心として使う。
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